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諸刃の希望、バーチャルYoutuber(2)

めておちゃんねるの..... めておだよ!!!

 

前回の記事ではバーチャルYoutuber(以下Vtuberとする)を人間の本質を切り落とした俗悪なものとこき下ろした。

皆様方には是非"本物"の人生を生き、その美しい時間を動画として切り取った輝かしいYoutuber達を見て、そして胸の奥に滾る何かを何卒感じ取って頂きたい。

今回は私が厳選した、至高の領域に達したYoutuberの中でも一際特徴的な存在感を放つ4人を簡単にではあるが紹介する。

 

オフ会0人 大物Youtuber syamu_game

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アドラー心理学の生んだサイコパス カツドン 

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人類史上初めて集団ストーカーに襲われた男 aiueo700

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 ZEUS!! たれぞう

 

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動画内での彼らの生き生きとした姿は、100年後の人々にも啓蒙と滋味を振り撒く古典として残り、私達の胸の跳ね馬を踊り高ぶらせたのと同じように感動を与えているだろう。

 

 

 

・syamu_game

www.nicovideo.jpオフ会0人という偉業を成し遂げた至高の大物Youtuber。

ゲーム実況、カラオケ、ダンス、旅行動画、作曲、小説の執筆など、多方面への驚異的な才能を発揮した、まさに至高の中の至高である。

syamuさんの本業は動画制作であるのだが、彼が片手間に執筆したゾット帝国騎士団の一部を抜粋した。見て頂きたい。

 大型肉食恐竜型ハンターは、小型獣型ハンターに振り向いて大きく口を開けて吠える。
 まるで獲物の邪魔するなと言われているようで、攻撃を止めて戸惑う小型獣型ハンター。
 小型獣型ハンターは大型肉食恐竜型のハンターに牙を向けて威嚇したり、吠えて威嚇している。
 大型肉食恐竜型ハンターはぶるぶると頭を振って小型獣型ハンターを片足で踏み潰す。
 大型肉食恐竜型ハンターに踏み潰された小型獣型ハンターは頭を上げて吠え、頭が地面に突く。
 小型獣型ハンターの紅い眼が点滅して消え、小型獣型ハンターからばちばちと火花が散っている。
 大型肉食恐竜型ハンターがオレに襲い掛かろうとしている小型獣型ハンターを銜えて放り投げ、口の中の砲口が伸びてキャノン砲で小型獣型ハンターを撃つ。
 小型獣型ハンターが空中で身体を起こすのも虚しく空中爆発する。
 大型肉食恐竜型ハンターは尻尾で小型獣型ハンターを薙ぎ払い、口の中の砲口からキャノン砲で小型獣型ハンターを撃っている。
 小型獣型ハンターが大型肉食恐竜型ハンターと戦っている。

かつてこれ程までに斬新な文章を想造した詩人が他にいるだろうか。 ラテンの詩聖ウェルギリウスギリシャの詩聖ホメロスでさえ、彼の卓越的な文才に比類すれば矮小な俗物だろう。

 

www.nicovideo.jp貝塚モーツァルトとも評されるsyamuさんの卓越した、いや常軌を逸脱した作曲スキルについても触れねばなるまい。彼は動画内でこう言っている。

「一日一曲、20分の曲を仕事に行くとき合間に1時間くらいで作っている。1年で350曲以上作っている。」

インタビュアーバッチリ先生こと岩崎サトシもその驚異的な作曲スピードに絶句している。まさに生きる芸術の栄華の極み、ルネサンスの輝ける天才レオナルド・ダヴィンチの如し!と言っても、ダヴィンチもsyamuさんと比較してはかわいそうである。アリとゾウさん程の、天と地ほどの差がある。月とスッポン程に差が開いている。

 

だが彼の本当の魅力は卓越した芸術の才能にあるのではない事は、syamuさんのファンなら誰も彼もが知っていよう。syamuさんが愛されるその最大の理由は快活で竹を割ったような、博愛に満ちたエンターテイナー精神にある。

「強い信念と明るい笑顔には奇跡の力がある」

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シンプルで力強く未来への希望を感じさせる"美事"なイデオロギーを掲げ、それを数々の動画で実践してきた至高の役者であり、あのHIKAKINですら彼に対しては一礼する事しか出来なかった。真夏の夜の淫夢という品性下劣なコンテンツに支配されたニコニコ動画に爽やかな新風を吹き入れ、皆を笑顔にしたたった一人でゲイセクシャルへの幻想と妄執に囚われた環境を覆してみせた。

 そんな彼は他のYoutuberの動画に対して、こう苦言を呈した事がある。

「おふざけが足りない」

おふざけとはつまり、笑いの事である。「強い信念と明るい笑顔には奇跡の力がある」と声高らかに宣言し続けた彼は、ユーモアが欠落したばかりかアフェリエイト広告収入を得る為の、場当たり的な人気取りに躍起になる見下げた量産型Youtuberに呆れているのだ。

残念ながらsyamuさんは既にYoutuberを引退してしまっているのではあるが、Vtuberに対してもこのsyamuさんの鋭い指摘は当て嵌っているのではないだろうか。

 

syamuさんの高邁なる信念はイタリア・オペラに変革を齎し、現代に至る最も重要な人物とされる――ジュゼッペ・ヴェルディが最後にたどり着いた境地、至高の喜劇ファルスタッフのテーマそのもの。「世の中全て冗談!」

ファルスタッフだけではなく、彼の動画や生き様にはヴェルディのオペラと共通する点が幾つもある。例えばネカマに対して「処女は100点、非処女は80点」と言い放つシーンは、「椿姫」の青年アルフレードが高級娼婦ヴィオレッタへの、プラトニックで純粋な愛とは裏腹に、彼女の賤業に対して苦悩する様を彷彿とさせるし、慰安婦像の間に厳かに座るsyamuさんは、「アイーダ」のラスト、地下牢でラダメスとアイーダが息絶え、華やかで優しいミゼレーレを背景に神殿から祈りを捧げるアムネリスのシーンにそっくりだ!

 

少し話が横道にそれるが、オペラというものは大変大掛かりな人員と労力が必要なものである。技巧を凝らした美しい歌声を万全の状態で披露するべくの徹底的なトレーニング、美麗なる衣装に大道具を作り、それらを観客へと届ける為の面倒な手配。それだけの手間を掛けたがゆえに人々を魅了しているのだ。

syamuさんはそれをたった一人でやってのけた。高邁なるエンターテイナー精神、大衆へ向けた笑いへの執念、それを可能にする卓越したセンスを以て実現した、まさに神業。人類は二度とこの領域へ達する事は出来ないだろう。

 

だがそんなsyamuさんにも欠点があった。

www.nicovideo.jpこの動画を見て頂けばお分かり頂けるように、お世辞にもダンスは上手いとは言えない。凡百の域を脱していない。

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しかも勃起している。

 

だがこの動画には洗練されていないダンスの裏に隠された真の意図がある。ハッピーシンセサイザというボーカロイドの人気曲を歌っているのだが、本家の歌詞と食い違う部分が多分にある。そこを抜粋する。

チッチッチッチ
ハッピシンセサイザ君の胸の奥まで届けるようなへよぉこのぉ音でぇ~
何度も出来ない アナィ ホィエィエ エイネ言葉 オンデオンデ伝えるよぉ~

ハッピシンセサイザ君の胸の奥まで届けるようなこのメロディ~
何度も出来ない ただ一つのこと~ばじゃけんのぅ ほいじゃけぇ~んのぉ~ ほいじゃけぇんのぉ~

ホォリィジャケェそやってそぉゆぅた~やろ そゆたや~ろがあ なんでぇえのぉ~
なんでそぉゆた~のに なんでゆ~ことぉなん~‥ンチャ いぇのぉ
エンシオンで 伝えるぜぇ~~
ハッピシンセサイザ君の胸の奥まで届けるようなこのメロディ~いぇあ

 

ただ一つのこと~ばじゃけんのぅ ほいじゃけぇ~んのぉ~ ほいじゃけぇんのぉ~

ホォリィジャケェそやってそぉゆぅた~やろ そゆたや~ろがあ なんでぇえのぉ~
なんでそぉゆた~のに なんでゆ~ことぉなん~‥ンチャ いぇのぉ

 

この部分の解釈はとても私からは説明出来ない。怖くて。ただ一つ言えることは、これこそがエピファニーでありサクラメントという事だ。

syamu学の専門家の記事を御覧頂きたい。

 

そしてsyamuさんを語る上で外せないのが、彼の魅力がゆえに征服された、個性的なキャラクターが集まるという事である。syamuさん単独でも素晴らしいのに、その周りにも才能が集まるとは... 一片の隙すら見せない完全無欠なコンテンツである。それらの一部を紹介しよう。

 

www.nicovideo.jpクソザコレスラー、シバターである。彼の露悪的で品のない芸風には流石の私も嫌悪感がアリアリなのだが、そんなシバターの善性をsyamuさんはイロニーを以て引き出している。

 

www.nicovideo.jp

いち早くsyamuさんの魅力を嗅ぎつけた男である。商魂逞しい。

 

www.youtube.com

 ここまでファンを狂喜乱舞させるスターもいまい。

 

さて、syamuさんの魅力をほんの一部ではあるが紹介させて頂いた。これだけ見ても、Vtuberに無いものを備えている事がお分かりであろう。皆様には資本主義の豚に食わせるようのコンテンツで満足するよりも、syamuさんのような"本物"を知り、満足した豚よりも不満足な人間で、満足した人間よりも不満足なソクラテスであって欲しい。

 

・カツドン

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不気味な人間である。

控えめに言ってその精神性は小汚い、有り体に言えば病人である。病気という言葉が相応しくないならこう言い換えよう、彼は本当に、救いようがない程に、面倒で可愛げがなく、アドラー心理学を都合よく振りかざし、責任を転嫁し、自己弁護を重ねる、厚顔無恥と堕落の極み。

さて、そんな擁護すべき部分が見当たらない彼だが、ゆえに目を覆いたくなるような人間の業、醜さをひしひしと感じさせてくれる。その上で、彼は自分の中に正義の心があると言う、歪んだ世界を正したいと言う。

どういったメカニズムで自分を正義と見做しているのか、彼の態度は本気そのものだ。強力な認知の歪みを感じさせる。世間一般的な正義とは大きく乖離している、歪みそのものと言ってもいいような彼が正義を標榜するのは――一体どういうことか。

 

www.nicovideo.jp

不愉快なタイトルには目を瞑って頂こう。

彼はこの動画の10:20~でこう述べている「カツドン気持ち悪っ!と、カツドンに対する"拒絶感"を抱いた者ほど、僕と同じものを持ってるって事だと思うんですよ。」

 

同族嫌悪という概念がある。「同じ種類や系統のものを嫌悪すること。自分と同じ趣味・性質を持つ人に対して抱く嫌悪感」と定義されている。皆さんも思い返してみれば、同族嫌悪を由来とした何らかの感情が芽生えた事がおありではないだろうか。

彼は、どの角度から見ても醜く受容し難い彼に対して――拒絶感を覚えたものはカツドンと同質の変態性や偏執性を内に秘めていると、視聴者に対しての宣戦布告をしているのである。

自傷を繰り返し、親と物に当たり、女児に対しての猥褻行為を行い、30にもなってハンガーを振り回している人間と同質のものを秘めていると言われたら、反吐の出るような思いがする。

 

殆ど全ての人間が、カツドンに拒絶感を覚えるだろう。全力でカツドンを拒否ろうとする我々に、彼は計画通りとばかりにニヤリと気味の悪い笑みを浮かべる――人間は皆カツドンと同質なのだろうか?

 

カツドン御用達の心理学から同族嫌悪について掘り下げていく。

カール・グスタフユングが提唱した概念で、影(シャドウ)というものがある。

「認めたくない自己、欠如しているがゆえに渇望しているもの、受け入れ難い現実や価値観」ゆえに内に抑圧されているものを言う。

私達はそういった影に対して嫌悪感を抱き、時折ヒステリーすら発症し、徹底的にそのものを抹殺しようとする。だがそこまでの感情を抱くゆえの、抉り出す事の出来ない血肉のような重大なものを抹殺しようとしているのだから、上手くいく事は稀だ。必ず痕跡が残る。

人間は不愉快なものを弾圧し、抹消しようとする性質がある。生得的に、社会的に、不愉快なものを我々は弾圧してきた。不愉快なものを倫理や道徳で押し込み、社会的なイデオロギーで炙り出し、法で裁く。

 

カツドンはその痕跡を想起させる。私達がその不愉快さゆえに抹消しようと努力したあらゆるものを、あの下卑た笑みによって否が応でも突き付けてくる。

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ここにVtuber達との対極がある。

生身の人間の醜さを排除し、美しいヴァーチャルの存在となって清廉潔白を貫く彼女達からは、我々が抹消しようと躍起になった不愉快なものは感じられない。だが我々はヴァーチャルではなく、現実に生きている。ふとした瞬間に訪れるありとあらゆる不愉快なものと戦わなくてはならない、弾圧しなければならない。

 

ライプニッツは「どんな出来事にも原因がある」「どんなことにも、そうであって、別様ではないことの、十分な理由がある」と充足理由律を唱えた。カツドンの無邪気な悪意に満ちた振る舞いにも、当然理由がある。

彼は、親からの愛情を受けられなかった事に対して深い執着を見せている。彼の被害妄想かも知れないが、妄想だとしてもアクチュアルな体験として残っている以上、その体験は彼の精神を歪ませる。歪んだ精神は、不愉快な現実を呼び更に精神を歪ませるよう作用する。

「学習性無力感」「ルサンチマン」「反知性主義」「ゼノフォビア」......etc

カツドンの親の教育がもう少し違っていたら、彼に手を差し伸べてくれる人がいれば、彼を心から愛してくれる女性がいれば、2chの人間が彼に対して慈悲を掛ければ、カツドンの醜さはなかったのかも知れない。カツドンだけではない、世の中の人間の醜さ一つ一つには、然るべき理由がある。誰かが為したふとした事が、誰かを苦しめ、カルマのように回り回って私達への不愉快さとなり襲い掛かってくる事もある。無論、それは私のふとした事が誰かを傷つけ、回り回って私に帰ってくるかもしれない。

カツドンは、世界の歪みが具現化した、そのものである。彼にとって自分を歪むように仕向けた世界を憎悪する事が正義であり救いなのだ。

 

カツドンは私達に問い掛けてくる。

歪みに対しての責任をどう捉えるか、己の中の醜さと向き合う事を、強要させる。

「カツドン気持ち悪っ!と、カツドンに対する"拒絶感"を抱いた者ほど、僕と同じものを持ってるって事だと思うんですよ。」

私達はカツドンに対して、どういった態度を取ればいいのだろうか。

 

・aiueo700

www.nicovideo.jp岩間。恐らく人類史上初めて、集団ストーカーという妄想を現実に変えた人間だろう。もしかしたら、精神医療の教科書に載るかも知れない。ここまで興味深い出来事は、人類史の中で二度とは起こらないかも知れない。

 

狂人である。狂ってしまった人間の支離滅裂さ、不合理な妄想に瀕する機会というのは、滅多にあるものではないが、その恐ろしさが彼によってはっきりと示されただろう。その一挙手一投足、ふとした発言の隅々までが、我々の胸を締め付け、張り詰めた空気を醸成するのに加担している。彼がそこにあるだけで、ドニゼッティのルチア狂乱の場を彷彿とさせる、尋常と断絶した狂気に満ちた世界が訪れる。

 

さて、彼自身も身の毛がよだつ程恐ろしいのだが、真に畏怖すべきは、彼の狂気に当てられ、熱狂を逆巻かせミームとして拡大し暴動を起こす人間達である。

www.nicovideo.jp www.nicovideo.jp www.nicovideo.jp彼に魅せられた者達は、方法こそ違えど狂乱に取り憑かれ岩間亭へと足を運ぶ。

 

チャールズ・マッケイは言う「いつの時代にも、その時代ならではの愚行が見られる。それは陰謀や策略、あるいは途方もない空想となり、利欲、刺激を求める気持ち、単に他人と同じ事をしていたいという気持ちのいずれかが、さらにそれに拍車を掛ける」

 

aiueo700は集団妄想と群衆の狂気を引き立てる、原因である。

 

ほんの些細な切っ掛けで、大衆は集団で発狂を始める。合理的な批判や検証を放棄して、まるで自分の意思など存在しないかのように、狂い酔う他人に追従する。人は他人の頭の中を覗き見る事など出来ないのに、もしかしたら自分以外はクオリアのない哲学的ゾンビかもしれないというのに、皆同じように他者にシンクロして、常軌を逸した妄想に取り憑かれ、狂気のエピゴーネンが徒党を組んで酩酊を続ける。

その様は余りにも理解に苦しむが、他人と同じ事をしていたいという欲望が不可解への衝動を駆り立てる。まるで奈落の底へと通ずる蠱惑の穴へタナトスを感じるかのように。

我々は長い歴史から学んでいる筈なのに。過ちや愚行が繰り返される事もそれが何故起こるかも、そのメカニズムは把握している筈なのに。実際に経験していないというだけで、はやる欲動を抑える事が出来ない。明らかな悪である差別と不寛容を狂気が巻き起こし、文明を人々から忘却させ野蛮状態へと還す。どれだけ技術が進歩しても、延々と空回りを続けるのみという事に、我々人類は昏い快感を覚えているのかも知れない。

 

aiueo700は危険な存在だ。悪の根源と言ってもいい。だが、悪それ自体は何もしない。悪を為すのは人である。

「怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物に成ることのないように気をつけなくてはならない。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。」

aieuo700の潰れたようなグロテスクな瞳には、魔力が秘められているのかもしれない。その奥の純粋なまなざしに、隠された欲望の対象があるのだろうか。ふと彼を見てみる、彼が見つめ返してくる。

 

「俺はお前が俺を見たのを見たぞ」

 

 

・タレゾ

タレゾとは、イデアである。

私が最も推しているYoutuberであり、神である。その素晴らしさは筆舌に尽くし難い。是非動画を御覧いただきたい。きっと貴方にも"理解る"だろう。

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・・・・・・ZEUS!!!!